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私の周辺の一部では、小澤一郎のことを「テロリストのお友だち」と呼んでいる。
敢えて「小澤」と敬称を付けずに呼ぶのは、彼と私は同じ年齢であり、
同じ大学で彼は2年後輩になるためである。
彼がテロリストの「お友だち」であるのは、テロ特措法に断固反対し、
国際協力の一環であるインド洋の給油作業から、海上自衛隊を撤収させたからだ。
再派遣についても国会を駆引の場として、いつ法案の審議に入れるのか、
全く目処が立っていない。
小澤は「国連の承認がない」と全くとりつく島もない。
だが、一寸待って欲しい。「国連」とはそれほどたいそうなものなのか?
近年でもミャンマーの問題一つ解決できていない。
これは中国やロシアが拒否権を持ち、それをちらつかせて国際会議などでも圧力をかけ、
話を前へと進めさせないからである。
その程度の組織に国運を賭けようというのでは、
あまり利口な思考回路を持った政治家とは言えない。
紛争解決にしても、国連が調停に動いて成功した、というケースが少ない。
私はコンゴ動乱で現地において国連軍と敵対したことがあるが、
インド兵やガーナ兵の行為は犯罪そのもので、現地住民は彼らを「オニユシアン」――
つまり「国連野郎」と呼び忌み嫌っていた。
前者は泥棒の集団だったし、後者は婦女暴行集団であった。
近年にもルワンダ内戦において、フツ族とツチ族の部族間抗争に手を拱き、
100万人以上の大虐殺を招いた。
木偶の坊同然の国連軍は、スーダンのダルフール紛争でも、何ら有効な手を打てていない。
つまり肝心なときに役立たない組織と断言してよい。
小澤は「アメリカに頼らず国連に頼る」ということらしいが、
雑誌〈世界〉の論文などでは大学生でももう少しましなのを書く。その程度のお粗末な論旨である。
どうやら政治資金の私的運用と不動産での金儲けは上手だが、
政権担当の可能性がある政党の党首の論文として全くの落第点と言えるだろう。
ただしそのあたりを十二分に承知しているらしく、連立政権騒動に際しては、
「民主党に政権担当能力がない」とつい本音を吐露して、逆に正鵠を射ていると私を感心させた。
物事は皮肉なものだ。
アメリカ頼りの安全保障政策というのは、私も好きで肯定しているわけではない。
本来なら独自に安全な追求すべきである。
しかしながら中国、韓国、そして北朝鮮という厚顔無恥な国家が近隣に存在する以上、
現時点ではアメリカに頼らざるを得ない。
そのアメリカも民主党政権が誕生すると状況は一変してしまう。
アジアを中国に丸投げする危険性が出てくるのだ。
そうした場合に備えて「核武装」と「核ミサイル開発」について、
研究開発を始める時期にさしかかっているのではないか。
アメリカが日本を見捨てたとき、島国を防衛する保険として、またそうさせない牽制手段として、
今こそ「核」を真剣に語るべきだろう。
アメリカには1973年のパリ和平会議で、南ヴェトナムを見捨てた、という前科があるのだ。
盲いたる民と化した日本人は、「核」と聴いただけでショックを受ける。
それを払いのけるには北朝鮮の核ミサイルが1発か2発、飛来して構わないと考えてきた。
その惨禍によって「国連」がナンボのものか知らしめてくれるのに違いない。
[2007年11月25日稿] |